Thailand and Mikonos island (Sep 1997)
勤続15年目のリフレッシュ休暇で2週間休みをもらって、12日間でタイとギリシャのミコノス島に行って来ました。その記録です。
97年9月11日 11 Sep 1997
ノースウェストで深夜に着いたあと、ここプラディパットホテルに初めて泊まった。すぐそばの エリザベスホテルにはすでに2回泊まってるんだけど、ここ安そうだし、連れ込みし易そうだしで 前々からここ泊まろうと思ってたんです。
ホテルに荷物置いてからやってるかどうか判らなかったけど、人間ピラミッドで 有名だったGO GO BARに入りました。(この店、今は潰れてます)そこでオフした子は、最初座ってたから判らなかったけど、外に出たら身長180位の背の高い子でした。店のオーナーは白人だったけど、客が少ししか居なかった。ホテルに帰る前、そばの屋台で食べてたら彼が通りかかった女の子と話してるので、終わって『恋人?』って聞いたら、そうだと言うのです。ちょっとこれからのやる気にがっかり。他に、深夜2時頃だったので、この辺の屋台はいつ 閉めるの?ってきいたら、3時か4時に終わるそうです。彼、部屋から電話するし、あんまり良くなかった。
9月12日
すぐそばのお気に入りの食堂で朝食済ませたあと、タクシーでホアランポーン駅に行き、荷物を 預け、またタクシーでマーブンクロンに行って中を見てました。4階の土産物屋で三角枕を見てたら、大が1350B、小が450Bだったんだけど、店員が小を380Bにするって言った。欲しいけど、これからギリシャに行くのでもちろん止めました。マーブンクロンの中、各フロアに日本人が歩き回ってる。4階には電器の店が多いけど、殆どが電話、電卓、FAXの店でした。
マーブンクロンの上のフードコートで腹ごしらえしてから、エアコンバスでまた、ホアランポーン 駅に行き、近くのワットトライミットを見て来ました。日本人の男子大学生みたいな4人組がいたけど、どれも可愛くなかった。普通4人もいたら、どれかタイプのがいるもんなのに。。。
駅で荷物もらってから、初めて鉄道で空港まで行きました。しかし、暑くて50分位かかり、次回はもう結構。AIRPORT EXPRESSというのに、窓は全開のエアコン無し。途中駅からは通勤客ばかり乗り込んでくるし。
空港では、ケンタッキーで夜食を済ませて、初めて乗るギリシャのオリンピック航空でアテネに向かいました。
9月13日
深夜2時頃、ドバイ着。着陸する前窓から見てたら、すごい近代的で各個人の家も立派で区画整理されてる。ここで、外に出て待たされました。空港内のトイレの表示が、男女の絵がアラブ人の格好をしてるのが面白くて写真に撮りました。
ドバイで積み込んだ出発後の朝食は、チーズの包装紙の絵がシンドバッドで可愛くて、記念に持ち帰り、フルーツにメロンが入ってたのでアラブでメロンとは、意外だった。このOA、食事の時のサービスが良くて、ワインをこれでもかという位、くれましたがそんなに飲めないって。それにスッチーもやさしくていつも笑顔だった。
逆にタイ人のスッチー2人いて、なんか差別されてるみたいで、ドバイでギリシャ人スッチーが皆入れ替わったのに、彼女達だけは変わらず。しかもギリシャ人と言葉が通じないのか、話してなくて、二人だけが固まっていたので可哀想だった。ただ、タイの芸能人が乗ってたみたいで、ゲートから沖に行くバスの中でスッチーたちが彼に羨望のまなざしで話してた。食後の機内放送であと25分でアテネに着くと言ってる。アテネ着は予定で朝6時。外はまだ暗い。
アテネ到着。タラップを降りた時、風が冷たい。ちょい寒。朝7時になって明るくなって来た。銀行も開いたので両替して国内線のカウンターに戻ったら、日本人がけっこう目に着いた。
ミコノス行きの国内線は1時間20分遅れで9時45分出発。10時半にミコノスに到着しました。オリンピック航空のサービス、国際線はいいけど、国内線のつっけんどんなこと。ジュースの紙コップ片付けてくれないで、あとで通った時言ったら、テーブルの上に置いてけだと。テーブル出したまま、降りられないじゃないか。結局置いたまま、降りました。
到着後、タクシーに他の客と一緒に乗せてもらい、ラッカという所で降ろされる。日本でインターネットで探した旅行会社のある所で、ホテルはそこで探して、料金はそこで払ってから泊まることにファクスとEメールでやりとりしてました。そのラッカという商店街を歩いて探したけど判らなくて、また戻って来た時にやっと小さな旅行代理店を見つけました。
そこには男二人いて、Eメールでやりとりしてたジュディという女性はいませんでした。ホテル代5泊分15万ドラクマ払うことにしてたら、直接来てくれたことと、現金だったので10%ディスカウントの説明してしてくれて、まけてくれました。それから、ジュディに電話してくれて、向こうが逢うの楽しみにしてくれてるみたいでした。
その彼が泊まるホテルを途中まで案内してくれて、山の上を指差して、あそこだ、って言うのだけどどこも同じような白い建物ばかり。よくわからなかったけど、行ってみた。やはり、わからずに右往左往してた。途中坂の上から真横を見たら、抜けるような青い空、白い建物。だけど空気が冷たい。海が見渡せた。素晴らしい。写真撮りたいけど重たい荷物持ってたんで、そんなとこじゃない。
坂の上から、赤ちゃんを抱いた若い女性がなんか言ってるので、見たらそれがジュディでした。どんな人か逢いたかった。向こうも同じだ。彼女には空港で買った、写楽の浮世絵の日本手ぬぐいを渡した。とても喜んでいた。『赤ちゃんの名前は何て言うの?』『マリアよ』『いい名前だね』と2,3 会話してホテルを指差してくれ、入りました。ホテルに入ったら、あとでジュディも来てくれ、入り口で立ったままホテルの人に何か言ってくれてた。
フロントでsmall bedかdouble bedのどちらがいいかと言うのでdoubleを希望したら、今泊まってる人のチェックアウトと掃除が終わるまでコーヒーを飲んで待っててくれというので、食堂で待ってました。この食堂はちょっと暖かい。外の風がけっこうある。少し強いという位かな。しかし、この食堂ハエが多いぞ。早く部屋まだかなぁ。腹へったぞ。食堂の窓から見る外の眺め、眩しい。。やたらと網膜の奥までしみる感じ。そとの景色がこんなにまぶしい光は初めて。白い建物がこんなに眩しいとは。
部屋の掃除が終わって入れました。TVがあったので感激。実はヨーロッパでテレビ付きの部屋ってあんまり泊まったことないんです。冷蔵庫は中がからっぽで、自分で買って来て入れるようになってました。シャワーは、やはりヨーロッパでした。壁が一方しかなく、三方がカーテンになってるやつですぐ水が外にこぼれちゃう不便なやつです。
シャワーを浴びてから外の確認のため散策しました。とてもきれいな小さな町だった。しゃれている。細い路地をつき当たったら海だった。そこには、白人女性が一人ぽつんと海を見ていたのが絵になってた。セルフサービスのレストランをみつけたので、そこで昼食。セルフサービスのレストランは、なぜヨーロッパにあるか考えた。多民族多言語で話さなくてもよくて、見ればすぐわかるし、観光客も多いので旅行者にとって便利だからかな。
9月14日 パラダイスビーチ Paradise beach
今日はパラダイスビーチに行くことに決めました。パラダイスビーチとスーパーパラダイスビーチ があるけど、スーパーはあとにとっておいて、まずは、パラダイスから攻略。パラダイスビーチに行くバスは、ハワイでビーチに行くバスのように、皆乗って満員で皆ビーチで降りる。降りたあと、風が強く帽子を飛ばされ、押さえようとした手に缶ビール、水、パンが入ってた袋で頭を打ちコブができてしまった。旅先で頭打つの今年2度目。
パラダイスビーチ、人が多い。はずれの方に行ったら、いました。ヌーディストが。ビーチで観察してたらドイツ人が多い。ヌーディストもゲイも年とった夫婦もいる。脱いでるのは40代以上。トップレスは若い女性に多い。エリツィンみたいなおやじが自分の右前でチンチン、ビローッと出して寝そべっている。目を波打ち際にやれば、二人の男が股を開いている。その前に若い女の子たちが平気で頭を陸側に向けてねそべって本を読んでる。
右のはずれには太ったじいさんが全裸で正座して日に当たりながら果物をバッグから出してナイフで剥いて食べていたし、若い目つきのきつい二十歳前のような男の子が長いトランクス姿で座っている。彼が脱いでたら面白いのに。でも、彼はすぐ、違う場所に移動しました。とにかく人が多すぎて、裸になる勇気なかったす。
円形劇場って地図に載ってるから、ホテルのそばなので見に行ったらその広場で子供達がバスケットをしていた。そのまま、横にまっすぐ行ったら港に出た。港に沿って北バスターミナルの方に行き、また戻った。港づたいに歩いてリトルベネツィアの方へ行き、レストランがいっぱいあったのでまた戻って来たら、港の方へ出るのに迷ってしまいぐるぐる回っているみたいだった。
やっと昨日食べたセルフサービスの店に入った。実は他にセルフサービスの店あるかと思って探してたのだけど、他にはなかった。途中、寿司を出すカフェバーがあったけど、中を見たら、女性二人でやってるので、こりゃだめだと思って入らなかった。だって、男の人ににぎってもらいたいでしょ。それに、BGMがガンガンうるさかった。タイ料理と中華料理をやってるレストランもあった。こっちの方はけっこう混んでた。
9月15日 スーパーパラダイスビーチ
プラティヤロスから船で20分、あこがれのスーパーパラダイスビーチにやってきました。途中、船から見る陸の岩上には全裸の男達が三々五々寝そべっているのが見えました。女性も子供もそれを見てたけど、そんなにニヤニヤしてなかった。日本だったら、たぶん、子供には見せないように親が子に何かしてただろう。それから、船にはドイツ人の美青年とおじさんのカップルが何組かいました。ほんとにきれいな青年がなんでこんなおじさんと?って感じでした。 どこに座ろうか迷ってしまいました。もう人が結構いるから。日本人も男の子二人いました。小さなビーチだった。人が多すぎる。湘南みたい。空いているビーチベッド見つけて座ったら、前にはどうみても70才過ぎのばあさんが全裸で仰向けで寝ている。まぁ!その旦那らしい人も、その友達も全裸でいる。友達が来てボンジュール、マダムと言ってからフランス語で話していたからフランス人かスイス人かな。
ここは、パラダイスビーチよりもヌードが多い。でも若い人はあまり脱いでない。日本人の一人で来ている若い男も波打ち際にトランクスで焼いている。日本人で全裸はいなかった。やはり抵抗あるのかな。日本人も脱げばいいのに。却ってはいてる方が目立つ。ガイドブックにはヌーディストビーチやゲイビーチって紹介されてるけど、全員が裸じゃなくて、脱いでる人もいれば、脱いでない人もいるし、ゲイの人もいれば、そうじゃない人もいるってことでした。それから、裸になってる人に写真を撮ってはだめよ。日本人はすぐ写真撮りたがるけど、不文律で撮ってはいけないし、肖像権のこともあるからね。だけど、僕は遠くからこのビーチ、写真撮りました。
9月16日 エリアビーチ
昨日の夜から風が強く、窓に叩き付けるので眠れなかった。エリアビーチに行くバスは11時だと思ったら11時半だった。しかたなく、待ってから乗った。バスは北バスターミナルを通って、そこからも乗せてた。北バスターミナルの方からが、本数多いみたいだった。
途中バスはこの島第2の町、アノメラを通った。日本で予約できるいいホテルがここにあったけど、こんなところを申し込んでおかなくて良かった。ぐんぐん山の上へ上がって行く。石だらけで木が生えてない。昔イタリア映画で見た殺風景な地獄を思い出したりした。高校生の時、地理で習った乾燥の著しい地中海性気候というのがこれかと思った。風が強いから風車があるのか。エリアビーチには30分程かかった。
ビーチでは最初砂浜で寝てた。そばにウォール街でビジネスしてるようなアメリカのエリートみたいな人がいつのまにか全裸になっていたけど、風が強くて行ってしまった。自分もここで初めて裸デビューしたけど、風が強く砂被ってしょうがないのでビーチベッドに移動しました。楽だ。荷物はパラソルに掛けられるし。。。それでも顔に砂がかかる。こっちの方が比較的人が少ない。昨日見たゲイの外人二人連れもいたし、日本人二人連れももう来てた。海で砂を落としてから、全身焼きました。風が強くてもジリジリ太陽が照りつけている。
夜、テレビを見てたら三菱エアコンのCMやってたし、それにCNN,NBC,RAI、ドイツやフランスのも見られる。すごい。
夜の町、風が強くて吹き飛ばされそうだった。セーターを着てる観光客やウインドブレーカー着てる人も。こっちはそんなもの持ってないから半袖半ズボンのやせがまんで町を歩いてました。ミコノス行く人は、薄手のウインドブレーカー持って行くといいかも。外で食べてる人もなく、ビニールテントを何処の店も出していた。港側の店のガラスには波飛沫がかかっていた。海の鳥、おしどりみたいな鳥は岸壁の上に上がって互いに身を寄せあっていた。猫に襲われないのか心配になった。何せこの島、猫がうじゃうじゃいるから。
明日はオルノスビーチへ行ってもいいかなと思った。今朝11時にバス待ってたら、日本人たった一人乗ったバスが出発したので、どこ行くのかと思ったらオルノスって書いてあったから気になってたんです。町をさまよってたら、突然皆が空を見ていた。何だと思ったら、細い三日月で、残りの部分が雲にかかってたのが赤っぽく無気味で何か変だった。
9月17日 アグラリビーチ
ホテルの食堂、日増しに逢う客が増えている。観光客はどんどん減って行くと思ってたのに、皆遅く起きてくるので、9時過ぎからどんどん混む。それに引き換え、朝食のメニューは毎日同じ。工夫せんかい!
オルノスに行ってみた。船が多い。イタリアの港町という感じ。泳ぐどころじゃないし、風が強くて寒い。帰ろうとしたが11時にエリア方面の船があるので待った。日本人が一人いました。ジャスコの袋をもってたので日本人だと判り、彼も同じように強風の中で船を待っていた。話したら昨日ミコノスに着いたばかりだという。オルノスで3泊だという。それじゃ中2日しかないよね。
船がやっと来て一緒に乗った。彼はパラダイスで降りて自分はアグラリで降りた。アグラリ。小さいビーチで人が居ない。エリアの方に行ってみた。昨日来たところがみえた。何だ、すぐ隣じゃない。戻ってアグラリで横になる。後ろの方では白人夫婦の男だけがスッポンポンで、時々ウォークマン片手に持って聞きながら波打ち際にやってくる。あとから、若い男の子とおじさんのカップルが来て、はじっこで抱き合っていた。これも若い子は脱がなくておじさんは脱いでる。これって、やっぱり年のせい?羞恥心がだんだん薄れて行くからなのかしら。
風が強く、震えながらの日光浴。しかし陽は暑い。目の前にダーク・ボガードそっくりなおじさんが来て、寝ている。彼がじろじろこっちを見ている。そのあと二人、友達みたいなおじさんが来たけど帰った。全然聞いたことがないような言葉で話してる。東欧なのか、それともギリシャ人なのか。
彼がじっとこっちを熱く見ている。目が逢うとニコっとしてあげたけど、東洋人とどう接触していいのかわからないみたいで、ただただ僕を見つめているだけ。こっちもちょっとじらして気持ちは、ほ〜れ、お尻だぞ、触ってみたいだろ。なめたいだろ。ほ〜れチンチンだぞぉ。触ってみるかい?なんて思ってました。勃起した時はうつ伏せになってましたが、おじさんをからかってみたい気持ちになってました。彼とは何もなかったです。
夜入った店、カフェバーというよりは、只のフルーツパーラー。ガラスのケースがしゃれているので、さすがギリシャだと思ったら良く見たらMADE IN ITALYと書いてあった。。ケースの中、洋梨、桃、りんご、キウィと陳列してあって、りんごはおしりを上にして並べてある。その隣のケースにはドーナツを横にして平らに置いている。日本なら絶対タテにたくさん並べていることだろう。
9月18日 アテネ
早めに起きて朝食とチェックアウト。自分の前にチェックアウトした夫婦を港に車で送って帰って来てから自分を空港へ送ってくれました。ホテルの前の道を山の上の方に行ったら以外と近かった。空港の中、判りにくい。国内線の出発ゲートがなくて、全部国際線と書いてある。聞いたら一緒だと言う。オランダからのチャーター便が出発したり、到着したりしていた。もちろん、出発の便は遅れてました。
アテネに着いて、荷物預けてからアクロポリスに行きました。ここは18年ぶりかな。その手前の崖の上にみんな座ってアテネの街をみてました。ここ気に入りました。また、アクロポリスにある、博物館もいい彫刻がたくさんあって、ここもなかなかでした。そこから、地下鉄でピレウスに行き、港とギリシャ正教の大きな教会を見て、マクドナルドで昼食。ピレウスから、バスで空港まで戻って夕方のOAでバンコクに帰りました。
空港でのチェックイン、混んでて台湾か香港の中国人のおばさん連中がうるさくて、自分の番になったら係りの人が日本のパスポート見るなり、急に態度良くなって親切にしてくれました。でも、乗ったらこのおばさん連中で混んでました。行きはガラガラだったのに。途中、ドバイの免税店では、アジア系の女性店員多数いました。買い物してる中国人も台湾の人達かな、って思ったらEVAAIRのアムステルダム行きが止まってました。
9月19日
朝バンコク到着。バスでパタヤに行きました。パタヤでは、以前オフした子にどこのホテルが好き?って聞いたら、ジョムティエンホテルと言ったのでそこにしました。結果はあまりよくなかったです。いいのは、部屋がひろかったことと、ボーイくんをお持ち帰りした時にフロントから死角の所にエレベーターがあって良かったこと。それに、ロータスという大きなショッピングセンターに行くシャトルバスが一日に2回あること。欠点はタオルがバスタオルしかないこと。朝食がアメリカンしかないこと。海まで歩いて10分近くあること。まぁ、それなりの中級ホテルでした。ここは、その3ヶ月前に火事を出してかなりの人が死んだロイヤルパラダイスというホテルの近くで、焼跡を見て きました。
夜はジョムティエンにできたナッタウットカフェでビール飲んでました。お店のボーイ君が『どこ泊まってるの?行ってもいい?』って聞くので、『ジョムティエンホテル』『何号室?』『秘密』って答えたけど、彼、尋ねながら一人でテレてました。でも、かなりきつい顏してて趣味じゃなかった。
9月20日
今日は一日海でぼーっとしてました。物売りにどんな種類があるのかをノートに書き留めてたりしました。外人が連れて来たボーイが海の中で水着を脱いで、砂浜にいる白人にその水着を投げてました。暫くして彼が白人にまた投げ返すように言ってました。ここで返さなければ、彼、海から出て来られないのに、って面白がって見てました。また、光る海を見て、波頭が一瞬ごとに光っているのが連続しててきれいだった。自分と太陽ともう一方の角で三角形を作っている。その角に当たるところだけが光っている。そして夕方に近づくにつれ、光る面積が海のはるか沖まで拡がっている。モーターボートが時折海面と当たってドラム缶を叩いたような音をたてている。
外人夫婦が濡れた砂の上を散策していた。砂が熱い。さっき裸足で歩いたらやけど寸前だった。パタヤタワーから伸びるワイヤーのケーブルが海岸に伸びている。その先がどうなってるか見たくて見に行ったらパタヤパークがあった。
9月21日
パタヤからバンコクに戻りました。また、プラディパットホテルに泊まりました。夜、トワイライトに入って見てたら、寄って来た子と話してました。趣味じゃなかったけど、負けてオフしました。 でも性格がとても良かった。ベッドの上ではちょっと乱暴で、僕が痛かったので途中で止めました。 そして、寝ないで4時に彼を帰して空港に向かいました。空港に着いたら、時間帯が悪いのに結構混んでました。こうして、NWで朝、帰国しました。
THE END/FINE