
Holiday in Kos island (May to Jun 1999)
99年5月27日(木) バンコクの虹
TG641便でドンムアン到着後、タクシーのところが混んでたので、エアポートバスで 目指すはスクンビットソイ53。そう、オベリスクです。アテネ行きは23時59分発なんで、 8時間以上あるけど、実際、自由になれるのは、4時間あるかないか。 空港からエアポートバス待って乗って、高速を走ったら雨が。ソニーの大きな看板が 3つ並んでるあたりから降り出しました。そしたら、左手に大きな虹が出てるのを発見。 そしてまた、雨は止んでしまいました。去年もエアポートバスでソイ53まで、行く時、 デルタグランドパシフィックを過ぎたあたりから、誰もいなくなり、運転手がやたら、どこ までか、って聞いて来たけど今回は僕が降りるまでもまだ乗ってる人が2,3人いました。 どこ行くんだろ。
オベリスクに着いたら、5時を少し回ったところ。ロッカー、隣どうし重なったらやだなと 思ってたら同じ頃入店する人がいなくてよかった。 まずは、6階。ジャグジーの横のシャワー。ここ、奥に一人いたんで、手前で浴びてたら 外から見えるんです。ま、いいか。
一通り、上から下まで見て、一人かっこいい子が階段の窓から外を見てました。結局 この子には、手を出せずに終わりましたが、ジャグジーで、隣の子にモーションかけて、 ペニスをさわってあげました。そしたら、その子も触り返してくれたのは、いいけど、 ずーっと僕のをしごいてくれるんです。そのうちきりがないので、僕が出てみたけど、出て 来ませんでした。2,30分後、ジャグジーを覗いたらその子、まだつかってました。
屋上でコーラを飲んで、横のジャグジーを見たら混んでたのでやめて7階でビデオ 見てました。ドイツのビデオで、青年が秘密の宿に泊まって色々体験するようなビデオ でしたが、これがまた、興味津々で、凄くきれいな美青年が脱いで、やりまくってるんで 目が点になってました。えっ、こんな子が。。。脱がなくてもモデルになれるのにぃ。 これ、もっと最後まで見たかったんですけど、8時半になったので、諦めて、帰りました。 こういう時に限っていいのやってるんだからもう。
それにしても、タイ人ってタオル巻くのうまいよね。僕なんか、すぐ落ちそうになるけど、 タイ人の子は腰にぴったりお尻の線がくっきり出てきれいに巻いてます。やっぱり民俗衣装の 伝統かしらん。
オベリスクを出て、スクンビットに出てホテルレックスの前でタクシー捕まえようと思ったら、あら、象が。象使いに何か言われるとやなので、スクンビットのソイの若い方に向かって タクシー拾おうとしたら、あの象がこっちに向かってくるので、また先の方へ行ってタクシー 捕まえました。200でいいかって聞いてくるので、急いでたのでOKしました。空港でバーガー キングで大きなワッパーのセットを食べて、真夜中のフライトに乗り込みました。
5月28日(金) 12時間遅れのOA738便
朝6時過ぎにアテネに到着。銀行が7時に開くまで到着ロビーでひと休みしてました。 銀行が開いて最初はよくないとなぜか思って2番目の客になろうとしたら、行員が掃除を始め ちゃいました。どうせ時間はいっぱいあるので、少し待ってから行きました。 両替してからちょっと足りないことに気が着きました。50円位足りなかったけど、 文句を言おうか迷ったけどなぜか諦めました。
荷物を預けに国内線のある西ターミナルにバスで移動して、荷物を預けてからまたバスに 乗り、シンタグマ広場で降りました。今回はゼウス神殿を見ようと思ってたら、道が分から なくなってしまい、歩いてたら、オリンピックのスタジアムに出たので、そこを見ました。 トラックで走ってる人が数人。古代オリンピック発祥の地はオリンピアだから、ここは近代 オリンピックの第1回目の場所。当時はここだけで競技が済んだのでしょう。それにしても、 今はビーチボールあり、テコンドーありで、わかりましぇん。
それにしても、ここの前は連結式のバスがたくさん止まってました。ストライキ中かしらん。 観光客も多かったけど、その人達分以上のバスでした。また、上に上がってトラックを見た けど、やたら長い小判形のトラックでした。ここ、階段が急だったので、ちょっと恐かった。
ここはそれほどでもなかったので、やはり目的のゼウス神殿を捜して行きました。場所が わかったものの、入り口が分からず、鋪装されてない歩きにくい道があったので、ここだろう と思って行ったらやはりありました。けど、途中の道には、けっこうコンドームの袋が落ちて ました。ここって発展場かしらん。夜来てみたいけど、夜はいないのよん。
ゼウス神殿。ここも暑いばっかりで特別な感慨はありませんでした。もう少し形として残って ればまた印象も良かったんでしょうけど、この暑さでは想像力も出てこないんです。さて、ここ からシンタグマ広場に戻り、セルフサービスレストラン『NEON』で食事。一人旅の者には、 ここ最高です。でも疲れてるし、足を前の椅子の上に投げ出してたら注意されました。ふん、 こんなとこ、もう来るか!(うそ)
休んだら、今度はオモニア広場を見に行きました。ガイドブックにはシンタグマが銀座なら オモニアは上野や浅草みたいなこと、書いてありましたが、生活の匂いがする広場でした。 20年近く前に一度来てるのに記憶がないんです。スタディオウ通りを行きは左側を、帰りは 右側を歩きました。途中、デパートを見つけ、中に入りました。なんか田舎のデパートみたい。 でも、一流ブランド品がけっこう置いてありました。おもしろいのは、エスカレーターの一段 一段の側面に宣伝のシールが貼ってあったので、思わず写真とりました。カシャ。
オモニア広場を一周して今度は右側を歩いて大学の前を通ってきました。途中、病気の乞食が 座ってましたが、余りにも凄い形相だったので、なんか気持ち悪くなってしまいました。だって、SF映画に出てくる宇宙人で、血管や神経が皮膚に全部出てるような感じだったんです。あれは、 今思うと全身やけどだったのかしらん。
シンタグマに戻って、マクドナルドで休憩して、エアポートバスでオリンピックエアポートへ。 荷物をもらってチェックインしようとしたら、すごい人。もう1時間近く並んでるのにまだ。 おいおい、出発時刻もあと15分位なのにぃ。他の人も遅れてました。これだけ並んでるのに窓口 は1つだけ増やしただけ。まったく!あんまり混んでるので、そのうちギリシャ人のおじいさん なんか怒り出す始末。荷物の重量測るベルトコンベヤーに乗って喚いてる。他の人達も同調して るけど、係の人達は平気。慣れてるんでしょう。
自分の番になって、コンピュータに何か入力してるけど、様子が変。『名前が入ってません』 そんなことはないはずだと思ってもただ、じっと係りの表情や画面をみてるしか何もできない。 何度かキーボードを叩いてみたけど、だめで係りの女性は英語で説明してくれてる。こっちもう まく言えずに『イタリア語なら分かります』と言ってみたものの、これもうまく言えなかった。他に言う言葉が見つからなくて 『お金払ったんですよ』と言ったら、『それは分かりますけど』と言われてしまった。こっちも せっかくアテネまで来てコス島に行かれないんじゃ、何のために来たのかわからない。粘るしか なかった。 ちょっと待ってて下さいって言って次の人のチェックインを始めた。しょうがなくカ ウンターの横で待つ。こういう時は自分の存在を常に係りの人に分かるようにしておかなければ ならない。(ということを徹子の部屋で黒柳徹子が言っていたのを思い出して真似してみた)
少しして係りの女性は奥に行って、消えたけど、すぐ戻って来て、僕を捜して『Mr. 次の便ならOKなので、その便の出る夜7時頃来るように』と言った。仕方なく混んでる列から 下がった。遅れるのがはっきりしたので、公衆電話からホテルに遅れる旨、入れておきました。 アテネまで戻っても時間が中途半端だし空港の中で待ってることにしました。重たい荷物を 持って。空港のスタンドカフェでパンと飲み物を飲んでも時間はまだ充分ある。カチャカチャ って鳴るフライトインフォメーションを見てたり、ベンチに腰掛けて少し寝たけど寝られない。 フライトインフォメーションを見てると結構、欠航便が多いので心配になったりもした。
そのうち、ふと思ったことがあった。待てよ、出発の2時間前にはチェックインできるはずだ から5時過ぎにまた顔を出せばいいのでは。そうして5時少し過ぎてさっきのお姉さんのところ に言った。そしたらやはり7時15分って言われた。なるほど、空席待ちにされた感じ。でも、必 ず乗れないと困るので6時過ぎにまた、顔を出しておいたけど、ちょっとしつこかったかしらん。
で、結局チェックインは、その便の乗客のチェックインが終わってから、名前呼ばれて OKでした。でも、ここで喜んだのもつかの間、中に入ってからが大変だったんです。 コス行きの放送があったと思ったらロードス行きでした。他の外国人も分からずに並んでみた もののはずされました。コスとロードス、カタカナで書くと全然違うけど現地語では発音がちょっと似てて間違えてる人も多くいました。また元に座って待ってたけど、一向に出発の気配が無くて、オリンピッ ク航空の社員を捕まえては、いつまで待たせるんだって言ってるようなギリシャ人がいました。 故障かしらん。
座ってたら外人夫婦の奥さんが声をかけてくれました。あんまり遅いのでもう諦 めてしまってる感じ。 『どこから来たの?』 『バンコク。日本人です、東京からバンコク経由でここ』 『私達はオーストラリアン』 『仕事なの?』 『ノー。ホリデイ』 『何日間?』 3泊なので、『4days』って答えたらびっくりしてました。
そのうちビスケットをくれましたが、こっちは眠くて寝てしまって乗り遅れたら大変なので、 ノーサンクスって言って断ってしまったのがちょっと気分悪くしたせいか、そこで会話が終わっ てしまいました。 深夜12時過ぎに出発するってアナウンスがあったけど、全然動きませんでした。まったく時間 のムダ。疲れてしょうがない。考えたら出発してもう40時間位たってる。ろくに寝てないから 眠い。背中が痛い。欠航も多い。
結局出発したのが深夜2時。コスには3時に到着しました。真っ暗な空港前で丘の上の教会だけが静かにライトアップされてました。でも、そんなのを見てる余裕はありませんでした。少ないタクシーがピストン輸送してます。一人ずつ行き先を聞いては、同じ方向ごとに相乗りになり ました。 さっきのオーストラリア人の老夫婦が自分より先に乗り込みました。そうこうしてるうちに、 タクシーが戻って来て白人女性と一緒に乗れました。
ホテルに到着が遅れるって午前中に電話しておいたけど、ホテルの人はもう来ないのでは、と思ってるんじゃないのかな。
寝静まった街を通り、タクシーで10分位でホテル、Carda beach hotelに到着しました。真っ暗。 入り口を入っても誰も居ないし、フロントだけしか良く見えない。左の方に食堂があるみたい。何だか手探りで歩いてました。奥の方にTVがついていたけど番組終了後のザーッというのが流れていた。トイレが判ったので入って出た時の扉の音で、主人がソファから起きて来ました。
『Hello!My name is Pattaya Prince. Now arrived ! Sorry』と言っておきました。 宿のマスターは眠い顔ながらパスポートと引き換えに笑顔で鍵をくれました。 部屋は1階でした。とりあえず、歯を磨いて寝ようと思ったら、バスルームには大きなクモが2,3匹。 こんなクモが寝てる時にまくらもとに来たらと思うと恐かったけど、扉はきっちり閉めて寝ました。 意外と臆病なんです。こいつら。
5月29日(土) 遅く起きた朝は何もなかった。
11時近く起きたので、もちろん朝食には間に合わず、ホテルのレストランの後ろを廻ったらこの ホテルにしてはやたら大きなプールがあった。誰もいなかったけど、これからシーズンになったら ドイツ人が大型バスでやってきて、プールサイド何処を見てもドイツ人ばかりになるのでしょう。
目の前の海沿いに歩いたけど、とても泳げるような海じゃなく、岩ばかり。引き返して、ちょっと 奥まったところにあるカフェみたいなところでブランチ。ここでいつものムサカを食べた。 60年代のアメリカンポップスをやたらかけている割には店の従業員はおじさんばかり。60年代当時 の若者なんだって気付いた。その後、ホテルのプールで焼いてました。ドイツ人のおばあさんとなぜか孫の太った少年。それと一人できてるおじいさんが泳いでた。
さっき行った方と反対側の方に行ったら、夜中に通った街がすぐそばって事が判ったけど、そんなに面白い街ではなかった。自分の土産用にカセットを買ったり、冷たい飲み物を買ってホテルに帰りました。
5月30日(日) ビーチサイクリング
朝7時前に起きて、7時半すぎにレストランへ。朝食、パン3枚とハム、チーズ、ヨーグルト、 ジュース、コーヒー2杯。昨日の夜、食事が少なかったのでいっぱい食べた。レセプションの 女性にパラダイスビーチを聞いたら、フェリーにのって4時間だという。昨日もフェリーって きいたので同じだろう。
昨日、街で閉まってたレンタバイクの店がやっていたので、MTBを借りて早速サイクリングと しゃれました。1500で、5000出したら釣りがないのか、あとでいいということで、ホテルの名と ルームナンバーを聞いて来た。名前はいいのかと思ってVISAカードを出したけど、いいみたい だった。早速移動手段の道具ができたので、東の方へ行った。街の先を3キロ位行っても、裸に なれるようないいビーチがなくナチュリストもいなかった。右手に海、左は牧場。牛、山羊、 ロバが点在していた。部落に突き当たり、道も行き止まりになったので引き返してた。
しかたなく、泊まってるホテルに戻り、反対側にずっと行った。途中大型バスが通ったら、 風圧で倒れそうになった。こっちも大きなホテルになって行き止まり。しかたなく途中のビーチ で裸になって焼いてました。人が通るのは1時間に1人位なので、来たら後ろを向いて本を読んで ました。海は水際は石だったが、中を進むと砂ばかりだった。
夕方4時すぎに引き払って自転車を返しに行ったら閉まっていたので、シエスタかと。明日 行くバス停を見て、英国風レストランに入ってムサカを食べた。大きい皿にポテチと野菜のてん こ盛りだけど、まずかった。ここのおやじがどこから来たのか、ってきいて壁に掛ってる世界 地図のところに呼んだので、東京を指差した。珍しそうな顔して、おまけにここの2歳位のガキ まで、珍しそうな目で見て来た。5時を過ぎて自転車返しに行ったら、丁度シャッター開けた ところだった。
帰り際いつものおやじの店で冷たいものとスナック菓子を買って帰りました。部屋でシャワー 浴びて、休んでたら、遠くの方でいきなりゴーッとドリルで掘ってる音がきこえてきて、段々 近くなり、ついにとなりの部屋から響いてきました。そしたら、すぐトントンとドアをノック してきたので、開けたらこれから20分位工事をやらせてくれ、ってきたんです。まぁ、こんな ところで、エアコンどうやってつけるかを見るのも千載一遇かと思って、珍しいのでベッドに 座ってみてました。
エアコンの室内機を持って来たらダイキンだった。ホテルの前で日本の『DAIKIN』と 書いたワゴン車が停まってました。この車、この島で初めて日本の企業のを見たので、覚えて たんです。それに、ホテルの前にダイキンの車が駐車してあったので、こんなところに日本の 企業のなんて珍しいと思ってたんです。その工事を始めたとたん、工事の二人が親方みたいな のに呼ばれてしばらく帰って来なかった。扉を開放のまま冷たい夜風がはいってくるし、蚊が 入って来るじゃないか!
そのうち、つけて終わったのが夜8時55分。もう1回来るかなと思ったら、9時半頃、置き 忘れてた取説とリモコンを取りに部屋の鍵を開けて入って来た。まったく!この部屋のあとすぐ 隣の部屋で音がしだし、それが終わったら今度は外機の取り付けるガガガという音。外でベチャ クチャうるさかったが10時5分前に帰って行った。それにしても、部屋の椅子は土足で上がるし 汚れたそのままで帰るし、部屋が汚くなってはだしで歩けない。ホコリの匂いもする。
寝る前に帰りのOA国内線がまた入ってないと帰れないので東京のHISに確認の手紙を書い てFAXを入れてもらいました。『ここに来る時の国内線が予約入ってないと言われてその便に 乗れず、次の便になり、結局12時間遅れました。帰る時また入ってないと帰国できないので確認 お願いします。仕事上6月2日までに必ず帰らなければなりません。自分も明日街に出てOAの 支店で予約確認しますが、そちらからもお願いします。』という内容。東京では月曜日の朝、す ぐ見てもらえるように流しました。それにFAX流してもらった時、マスターが奥の事務室に 入って来て聞いてみろって感じだったので、受話器を取って聞いたら留守電でした。だけどここ のFAX、原稿を下向きに流すのではなく、上向きに流すんです。こんなのあるの、知らなくてマスターがまちがえてるんだと思っちゃいました。
その夜は明け方、蚊がうるさくて目を覚まし、窓を開けたら出て行ったみたいでした。
5月31日(月) コスのビーチで
朝食に行く時にフロントの前を通ったら、女性の従業員がFAXをくれた。HISからでした。 『すみません。入ってなかったので早速入れてもらいました。申し訳ございませんでした。』 すぐ対応してくれて助かりました。朝食のレストランに入ったら、プールで見たドイツ人のばあ さんと太った子供。それにじいさんひとりと、ばあさんひとりの3組。あの、ばあさんと子供は 一体どんな関係だろう、と想像してました。子供が登校拒否とか、あるいは、両親離婚でこのば あさんが引き取ってるとか。。。なんか、ドラマみたい。
朝食後、早速街の中心街まで行きました。途中、同じ方向に歩いてる白人女性、年は35位。 どこに行くのかと思ってたら同じバス停でした。白人って夫婦で一緒に歩いてるのが普通なので、 これは、僕の経験の中で目立ちました。
バスに乗って30分。コスタウンにつきました。OAのオフィスを捜したら、改装工事中で、 誰もいませんでした。ぎゃっ。しかたない。街の中心のアゴラ(市場)の中を見たら、香辛料の お店がいっぱい。外では、動物園か遊園地にあるおさるの電車みたいなバスがドイツ人観光客を 乗せて広場を横切ってました。目の前の港を見てから、また、自転車を借りました。そばの海岸 に行ったのだけど、人が多くてとても。。。
日焼けしてるうちに、水着を脱いで座ってたら、あのじじいが10m位先でから、こっちを見て 来ないか?って言ってる。無視してたけど、また同じこと言ってたので水着をはいて、行きまし た。 『Hello! Are you German?』って言ったらもう、ペニスを出してしごいてました。でっかい。 だけど、驚いてないふりしてました。 『No, greek』 『ドイツ人かと思った。ここには多いからね』 『学生か?』 『違うけど、日本人』 『それはよかった』と言いながら、ももを触って来た。そして、座るように、押し倒そうとして きた。 『この島では、どこが一番きれいなの?』 『あの先だ』と指で示した。そして、 『ゲイか』 『うん』と言ってどんな反応をするか、興味もってました。 そしたら、彼はペニスをなめるように言ったのでした。わからないふりしてたら、舌を出して、 ペロペロジェスチャーしましたが、彼の白いブリーフが汚くて、とてもそんな気分にはなれません。 出来ないって言って、彼のペニスがでかいことを誉めてあげました。僕なんか、小さいんだよって 言って見せてあげましたが。(爆)そしたら、彼は全く興味を示さずに、また自分のをなめるよう に言ってました。その後、少し話したけど、戻って来ました。なんか、面白くなかった。
元のところに戻ってまた、全裸で焼いてたりしました。また、水着をはいて、寝てたら、頭の 上の方から、カップルが来て、10m位離れたところに寝転んで、キスしたり、抱き合ってました。 よかったぁ、海パンはいてて。でも、このカップル、なんか、男の子より、女の方がかなり年が 上だった。どういう関係なのか、ちょっと興味津々。
帰りのバスを待ってる間にバス停の前のカフェでサンドイッチとコーラを食べてたら、店の 青年が 『何人?』と聞いてきるので、 『日本人だよ』と言ったら 『僕のお母さん、日本人だよ』っていうので、しげしげと顔を見てしまいました。全然東洋の 血が入ってない顔。どこが。。更に 『名前はケンジ』 『えっ! 本当?』 『ほんとはディミトリ』 あんたねぇ、からかうんじゃないよ。
ホテルに戻ってきました。途中の飲食店のおやじが人の顔を見てOh!なんて 言いながら手を振ってくれた。なんか、この店で、2度コーラやアイスなんかを買ったので、 もうなじみになってしまったみたい。でも、ここしか、店がないんです。ホテルのそばは。
6月1日(火)
5時少し前に目がさめた。モーニングコールの電話がけたたましく隣室に響きそう。 シャワーを浴びて、昨日言われたように部屋の鍵を部屋に置いたまま出た。フロントに行く 扉が開かない。施錠してるのかもしれない。幸いここは、半分コテージ式になってるので 横の小道から外へ出て玄関に荷物を置いて海を見る。タクシーが来たのであわてて玄関に戻る。 定刻5分前。ドライバーは無口そうで無愛想、それでいてきちんとしているタイプか。乗って 10分で空港へ。空港でどうなることかと神妙に思いながらチェックインをみていた。名前の ところか2度程よく見てたので、少しドキドキでしたが、搭乗券もらえました。
アテネでは、まず腹ごしらえ。ウェンディーズに行ったら、閉ってたのでその周辺捜したけど 高級カフェばかり。シンタグマに戻ってエベレストという店でハムチーズトマトサンド。ジプ シーの子が寄って来た。
その後、戦争博物館に行ったら入場料フリーだと言われたが、改装中なのか入れないみたい だったので、隣のビザンチン博物館に行った。小さいけど少し落ち着く。帰る頃、小学生の団体 が来たので良かった。見たあとで。その後、非能率的な郵便局で絵葉書を出した後、市場経由で オモニア広場へ。市場の中は肉屋ばかり。
アテネから乗った便はローマ発で、ここでは、既に乗っている乗客を降ろさずにアテネから 乗り込む人が入るので、乗る時はちょっと恥ずかしいです。席は一番うしろから3つ目のA。 二人掛けの窓側。目の前はイタリア人のゲイカップル。一人は40代後半の男で、肉屋みたいな 感じの男。もう一人は20代後半のかわいい子。後ろから見ていて面白かった。話し掛けたかった がチャンスがなかった。この子、トイレに席を立った時、物凄く背が高くて、190近くありそう だった。
途中、ピコピコ変な音がしたら、スッチーが来て、誰かがたばこを吸ったらしく、他のイタリ ア人の男に注意していた。こういう時、外人ってどんな顔するのかと思って見てたら、怒られた 男は黙っておとなしく、しゅんとしてました。
6月2日(水)
BKKには朝6時すぎに到着、トランスファーカウンターでTG640よりもっと早い便に変えて もらいました。10時発だと思ったら7時35分発のロサンゼルス行きだった。ボーディングタイム があと5分しかない。会社へのお土産のチョコレートを買ったら、1120B。サイフの中は1040B しかない。OKと言ってくれたので助かった。
ゲートに行ったら、日本人が少ないので間違えたかと思いました。朝っぱらの強い日ざしを 浴びてタラップを上がり、すぐの席は隣がインド人の母と娘だった。成田到着前になって話し したら、ロス在住でインドはニューデリーから乗って来たそうだ。
今回のTGで思ったけど、らんの花の配布はやってないし、また、食事が1回だけなので腹が 空いた。成田は午後3時半着で今回の旅は終わりました。
THE END/FINE