
Visit Paros island (Sep 1999)
9月6日(月) 6 Sep 1999
成田のイミグレ、すごく混んでいた。乗った座席はB。まん中でちょっと頭に来ている。 いつものように、BKKでオベリスク。ここで気が着いたこと。着替える時にちゃんと パンツをはいてその上にタオルを巻いている。ビキニが多い。 オベリスクの屋上のバーから、スカイトレインの試運転がひっきりなしに走っている。その 割には駅の階段ができてない。帰りの空港に戻るタクシーのドライバー、嫌がらずに行って くれた。空港でも、いつものようにバーガーキングで腹ごしらえして、深夜のアテネ行きの便 に乗りました。
9月7日(火)
アテネに朝6時少し前に着いた。アテネに来る人も増えた感じで結構見た。国立博物館を見よ うと思ったが、オモニアで降りてしまったため、劇場博物館へ行った。各名優達の部屋があって これがなかなか面白かった。メリナ=メルクーリが亡くなってたのには知らなかった。その後、 オモニアからアクロポリスがよく見える丘があるテシオンまで行ったが、たいしたことなかった。 またメトロでモナスティリまで行って、シンタグマの『NEON』でムサカを食べた。ここのム サカが一番美味しいと思う。
空港へ行く91番のバスが来たので乗ったら、東ターミナルに行ってしまい、またバスを捜し てたら、会社のパートのKさんそっくりな日本人のおばさんが来て 『間違えちゃったの?』ときいてきた。2ヶ月前から番号が変わったから、93番か19番に乗る ように教えてくれた。6月初めに来たっていうのに。。。
パロス島に行く便、18人乗りのドルニエというプロペラ機。乗る時に入り口が小さく、頭が ぶつかりそうだし、僕なんか大きなバッグ持ってたんで、座席の下にしまうの大変でずっと抱い ていました。恐かった。すごく揺れたし、前の方のドイツ人夫婦は通路を挟んで手を握りあって いた。座席が左右1列ずつなんです。セスナ機みたいで、ジェット機と違って低空飛行のせいか、 島全体が上空から見えにくかった。だから、島の形がよく判らず、地図を見ながら今どこを飛ん でいるのかわからないうちに目指す島が見えて来たって感じでした。良くは見えたんだけど。
到着したら、みんな拍手してました。みんな恐かったんだね。着いてみたら滑走路は短いし、 空港の建物も田舎の駅舎みたいに小さかった。こんな空港は初めて。
タクシーでホテルに行く途中、『食事処』と書いてあるのぼりがあった。後で、行ってみよう。 ホテルに着いたら、おやじが鍵をすぐ渡してくれた。パスポートを渡して204号。朝食は8時 から10時までと言った。無愛想なのか、無口なのか判らない。部屋に入ったら、目の前は海。 最高でした。風呂はギリシャの中級ホテルにしては珍しくあったけど、きれいじゃなかった。
シャワー浴びてから、散歩。店に入ってこの島の地図を買おうとしたらサイフを持ってくるの 忘れたのに気付き、また、ホテルに引き返して持って来ました。OAのオフィスを捜して行った けど、なくて、地図に出てた場所が古くて、判らなかった。行ったところは、只の旅行代理店 だった。そこで聞いたら、明日の朝行くように言われたけど、肝心の場所がいまいち判らなかっ た。帰り、ムサカを食べて冷たいものを買って帰った。ホテルに帰ったら、顔が乾燥してるせい か、ボロボロ。疲れてるので、早く寝ました。夜中、蚊が一匹うるさかった。
9月8日(水)
起きて食堂へ。珍しくセルフサービスのバイキングだった。やはり、見晴しがいい。こういう ところで食事は最高。ホテルを出て、ちょっと離れた奥まったところに移転してたOAの支店を 何とか捜してリコンファームやった。これで安心。OAの人から中国人か?ってきかれた。TAIWANって書いてあるTシャツを着ていたからだろうか。バスに乗ってナウサの街に行った。 ここは、欧米人の多いちょっと洗練された港町。ナウサの街でスーパーを捜して食料を買おうと したら、パンが売ってない。しかたなくファンタと水を買って船に乗った。目指すはモナスティリ。
モナスティリに着いたら、桟橋がすごく小さくてびっくり。おまけにすぐ岩だらけで道がない って感じ。どこがナチュリストビーチなのって思ったけど、みんなが左に行き、男二人組が右に 行ったので後を追う。やっとあったけど、人が多いので、もっと先に行く。女が一人ずつ、10m 離れて二人いた。後で、潜って沖にいたいた男が片方の女のところに戻って来た。そのまた、10 m離れて岩で見えないところで横になった。すぐあとに、カップルが来て、すぐ沖の島に泳いで 行ってしまい、ずっと帰ってこなかった。その後、男二人組が来て、すぐ全裸になって泳いだか と思ったら日光浴をずっとしていた。 岩山の方を見上げれば、はるかにヌードウォーキングし てる人が時々歩いてた。自分も全裸になって焼いたり、ちょっと沖の岩山のところに行って見た けど、全裸だと岩の上で休むとケツが痛い。
ナウサでピザとアイスコーヒーを食べた。ギリシャではどこでもピザが食べられる。イタリア に近いと言うよりも、ヨーロッパ人の日常の食べものって感じがした。
ホテルに戻ってシャワー後、夜の食事に行った。カラマーリ(イカ)うまかった。のらくろ みたいな猫がイカをねだってたので2つあげた。そのあと、まだにらんでる。もっとくれと。 明日はどこに行こうかな。ランゲリもアンチパロスもどっちも最高って英文のNaturist Beach Guideに書いてあるので迷ってしまう。
9月9日(木)
日本人を一日に2回見る。殆どいないと思ってたら来ている。今朝もホテルの裏道を出て海岸 通りの坂道に出たら、スクーターで来た日本人女性が一人、写真を撮っていた。ホテルの食堂、 今日は朝から混んでいた。ギリシャ人の団体みたい。老人ばかり、すぐ引いた。
バス停に行きポウンタ行きの時刻をみてるとアンチパロス行きの船が丁度でたところ。そうだ、 船っていう手もあったんだ。でも、バスに乗り、ポウンタへ。そしたら、泊まってるホテルのそ ばを通り、この島来た時に見た日本食のレストランがすぐそばだってことに気が付いた。そして ポウンタからカーフェリーで対岸のアンチパロス島へ。目の前に見えてる島なので、すぐ着いた。
到着後、早速レンタサイクルで借りたが、本店まで行って登録するように言われ、本店に行っ たらBillは持ってるかと言われたが、払ったので払ったとイタリア語で言ったら、『イタリア人 か?』って聞かれた。おいおいどう見ても俺はアジア人の顔だぜ。その後、そばにちょっと洒落 たパン屋があったので、そこで、パイとか買ってビーチホッピングの開始。
自転車で北に行ったらCamping beach。汚なかったので、右に行ったら公営のNudist beachがあり ました。子供連れが多い。もっと右に行ってそこで場所を取った。どんどん人が来て落ち着かず 前右にいた若い女性は服を着て昼に帰った。自分も目の前にドイツ人の赤ちゃん連れの夫婦が来 て30分後に出た。ここ、場所はいいし、目の前に小島があって見晴しがいいけど、人が多すぎる。 短髪の兄さんが来て、一人で来てました。ドイツ人だろうか。
チャリでのどかな村に紛れ込んで海に出たところがSunset beachでした。ここ、ガイドには naturistが多いって書いてあったのにそれらしい人がいなくて、はじっこの岩の向こう側の崖の 下に場所を取ったが暑すぎた。で、ここで全裸になって焼いてました。途中、お腹が痛くなって 出してしまい、その下痢便の上に木屑をかけておいたら、後で見たら何処から飛んで来たのか銀 バエがたかってました。海でお尻を洗ってしばらくそこから離れて泳いでました。
3時半に出て、街の方へ行ったら、さっき買ったパンを買った道に出ました。自転車を返して、 4時半のパリキア行きの船が出る前にカフェでコーラを2本飲んでました。船が港を出たら、小さ い船とすれ違って先頭には、全裸の男か女かよくわからないのが一人、こっちの船に向かって踊 りながら手を振っていました。船からは行きにバスで来た道を今度は海上から眺めてました。 景色が良かった。やはりギリシャは船だと思う。
夜、食事に出る前にフロントのおやじにタクシーを頼んでおいてもらった。その後、バスで 見た『食事処』ののぼりのある店に行って、チャーハンと春巻とビールを飲んだ。まずかったが 作ってる人が中国人だと思ったら日本人のノリオさんという人がやっていた。白人が4,5人で お寿司を頼んでいて、できて来たら喜んでた。
9月10日(金)
タクシーは5分前にホテルの前で待っていた。3000もとられた。1時間前に行ったのに、 チェックインはまだ。のんびりしている。 アテネに着いて、ウェンディーズはうまかった。マックだとうまいとは思わなかったが、バー ガーキングにしてもウェンディーズもうまいと思った。これはマックが慣れてるからなのか? でも、バーガーキングのワッパーはうまくなかったけど、チキンはうまい。
国立博物館は閉まっていたが、屋根の上の彫刻を降ろして運んでるのを見た。台車に載せられ て運ばれている彫刻、カメラマンが写真を撮っていた。 ギロスを食べたくてオモニアの裏通りを歩いた。運良くこぎれいな店を見つけて食べていたら、 目の前の車の走っている通りを一人の太った男が突き抜けて行った。その後、これまた太った おばさんが信号無視して走って来た。どうもひったくりらしい。今まで事故にあってないけど、これを見てちょっと恐いなって思った。で、その帰り、バス停に行く間に、前を歩いていた若い 女がすれ違ったリーマン風の男に胸を触られたので女が怒って何か言ってました。通行人の痴漢 を初めて見た。
アテネの空港では、搭乗券にゲートナンバーが書いてなくて、放送しか頼るものがないんです。 実際のゲートには行き先の表示板が使用されてなくて初めてここから利用する人にはとっても 不親切です。2001年の3月には今建設中の大きな国際空港ができる予定らしく、ロビーにCG を活用したモニターで紹介してます。イミグレでは、フィリピン人の出稼ぎ労働者の男10人位 が出国審査を遅らせているので、ちょっとイライラです。でも、ロビーに超可愛い20才位の男の 子が一人で英語の新聞を読んでました。この子が気になってましたが、機内でどこかなって思っ てたけど、判らずにいたら、右の3つ後ろに座ってました。香港人かな? 機内では黒の長袖 シャツにボタンのところが派手に大きな金の刺繍がしてありました。それと同じ服、僕も欲しい よう。。。彼はバンコクで降りて見失いました。
9月11日(土)
バンコクでは、朝6時半に到着。早いので空港の出発ロビーのある上の階で9時頃まで休んで それから、空港前のエアポートホテルに行って、『mini stay』という、休憩を昼まで寝てまし た。シャワーから出て、長旅で寝られなかった分、少しでも寝ようと思ったら、ドアチャイムが ピンポン。扉開けたら、テレビの修理だと言う。聞いてないし、せっかくの睡眠なので、断って 帰ってもらいました。
昼になって起きて、タクシーでエリザベスホテルに。ここでもちょっと休んで、買い物済ませ て、夜、Bさんと逢ったらBNちゃんも来て、一緒にソンブーンでシーフードの食事。 その後、DICK'SCAFE、NEW MANと廻り、織田裕二そっくりな子をお持ち帰りしました。彼、 ベッドでバックやろうとしたら、僕はLADY BOYじゃないからできないとほざいて、すぐ寝ちゃ いました。悔しいから寝姿、写真撮っちゃいました。そう言えば、店で彼、カウンターでぐった りしてたんで具合が悪かったのか、疲れてたんでしょうかね。この子以来、僕は店で他の子と話 してないような子、ぐったりしてるような子はオフしちゃいけないと心に命じました。 翌朝、彼を帰してから、TG640便で夜、成田で帰ってきました。
おわり THE END/FINE