
Visit Trieste/Rome Verona Genova in Italy (Nov 1997) part1
<プロローグ/Prologue> 某ゲイ雑誌の文通欄で知り合った当時28才のイタリア人の彼、サンドロと文通が3年以上も続いてた。彼がその後日本に2回来ているのに、僕は仕事の都合で逢えなかったりした。彼には、長野県に住むトシユキという現在28才位の彼がいることも知ったし、2度目に来た時、サンドロが長野に行く時、中央線の車内で倒れ、八王子の病院に運ばれトシユキが付き添ってたことも知った。そして今、彼等は二人一緒にトリエステで生活してる。
やっと僕がイタリアに行けることになって、出発前からトシユキに何が欲しい?と手紙したら、とても小さな盆栽の鉢が欲しいと言うので、それを探しにあちこち捜し回って3つ持参しました。盆栽なんて興味なかったので、まったくわからず、ほんのクレジットカードサイズの鉢があることも知った。最初は若いのに盆栽だなんて、と思ってたけど、現地の盆栽好きな人達との会合にも出てるらしい。
97年11月6日 6 Nov 1997
空いているだろうと思った大韓航空の成田ーソウル便、ソウルーローマ便にことごとく裏切られた。ほぼ満席。機内で食事の時に赤いチューブをもらってた人がいたので、隣のもらってた日本人の女の子に『それ何ですか?』って聞いたら『コチジャンです』なんて言われた。辛いのはやめとく。
ローマに着いてイミグレで4,50分も待たされた。ツアコンだろうか、女性の人が、『全日空で大阪から着いたお客さま、警察に窓口を一つ増やすように交渉しましたが許可が降りませんでした。すみません』と謝ってた。そのあと、並んでる人達に向かって、スーツケースの鍵や、免税品の機内での忘れ物をした人を呼んでいました。
日本の感覚で窓口増やすように言っても、ここは日本じゃないんだからしょうがないだろうと思ったけど、それをしないと、何もしてないように思われるんだろうか。大変だよな。自分だったらこんな仕事やりたくないね。その女性にちょっと同情すると共に、一人じゃ何も出来ないバカなパックツアー客の相手なんかしたいとも思わない。こういうのを見ちゃうと、どうしてもタカビーになってしまう。
並んでる列の中には、韓国人もたくさんいた。そして、中国人も。10億以上もいる彼等が旅行するようになったら、空の便はいつも満席で、取れなくなるだろう。そう言う時代になったら、日本人も旅がしづらくなるだろう。世界の人が交流するのはいいことだけど。。。でもパックツアーで行く人たちなんて交流する気なんて持ってない。自分がいい気分に浸るだけしか興味ないんじゃないのかな。。
空港を出て、ローマに行く鉄道の駅に行くのに、後ろでイタリア語と日本語で何か言ってる男女のカップルが自分を追いかけようとしていたが、早歩きで逃げたら追って来なくなった。しかし、切符の自販機で使い方が判らなくなり、追いかけて来て捕まったらどうしようと思ってた。そのうち、切符の買い方がすぐ判ったが、自販機がタッチパネル式なのが、イタリアにしては進んでるなと思った。
夜のローマは生暖かった。日本で予約しておいたVia NazionaleにあるホテルROSSINI(¥7000)は汚かったし、テルミニ駅からホテルの間にはマクドナルドが4軒もあった。ホテルのあるビルの下、共和国広場、駅の横、駅の中。
部屋でサンドロに電話するのに、電話のかけ方がよく判らず、0を廻してからやってもだめで、フロントから電話かかって来たがよく判らず、結局フロントまで降りて聞いた。何のことはない。最初にやった通りでいいのだが、ゆっくり廻せば繋がることだった。日本とテンポが違う。
11月7日 7 Nov
ソウルから13時間も乗って疲れたのにすぐ寝つけなかった。ホテルの朝食の時、古くて汚いホテルだったけど、食堂だけは豪華で、またウェイトレスがとても感じよかったので、またここで朝食とりたいと思った。イタリアの家って外は汚いけど、中はすごくきれいなのを思い出した。以前香港にパックツアーで行った時、現地ガイドが香港では、泥棒が多くて団地でもトビラの外側は汚く塗っておいて、家の中はきれいにしておくと言っていたのを思い出した。
外のローマは小雨が降っていた。スペイン広場のAMEXに両替に行くのに歩いて行こうと思ったらチェックアウト11時だったのと、あいにくの雨で地下鉄を利用。帰りにも、バルベリーニからひと駅だったけど乗った。雨が段々強くなってきた。朝の地下鉄が2,3分毎に走っているのは驚きだった。乗り遅れてもすぐ来る。この地下鉄、自分が住んでた時に開通したので、感慨があったけど当時と比べてだいぶ汚くなっていました。
サンドロとトシユキも出たらすぐわかった。日本人一人だったから。サンドロについては、一番最初に文通始めた時に写真をもらっていたので、判っていたけど、トシユキは電話で話しただけでちょっと期待していた。 逢って実物の彼等を見た時、サンドロは眼鏡をかけていて、更に鼻毛が出ていたのでがっかりし、トシユキも変なロングヘアーでがっかりしたけど、期待していたのは向こうも同じだったと思う。彼等ちっともイケてるタイプじゃなくて普通の顔だちだったけど、日本人とイタリア人のゲイカップルがどんな生活をしてるのか、興味があった。
空港のBARで少し食べて、トシユキがコーヒーとか、オレンジジュースだったか、入ってるお酒、ちょっとの分量で皆名前が変わり、たくさんの種類があることを教えてくれた。その後、サンドロの車でグロッタ・ジガンテ(巨人の洞くつ)へ案内してくれた。
時折小雨が降って寒かったが、小さな博物館でガイドによる案内の時間が始まるまで待っていた。日本人の記帳もあって、それには秋芳台もすごいけど、ここのはもっとすごいと書いてあった。日本人が訪れるのは、月に一人位だった。中は本当に巨人の棲み家みたいに深くでかい。
そのあと街で一番大きなショッピングセンターの中にあるスーパーに行って、食料を買い込んだ。パスタだけでも4列も5列も棚があるのには驚きだった。そのショッピングセンターの中にやはり街で唯一のマクドナルドがあった。また、ファッションのウィンドウも紳士物のシャツなんかセクシーな感じにマネキンが胸を強調していた。こういうの大好き。
彼のアパートに着いて、二人が食事を作ってくれた。スパゲッティだったけど、トシユキがサンドロのことを、イタリア人なのにワイン飲めないし、サッカーのことわからないんだ、って言って笑わせてくれた。クリスマスにはまだあるのに、食後にパネットーネを薄く切ってくれた。日本では、クリスマスっていうと12月24日だけっていう感じだけど、本場では、2ヶ月前からずっとだもんね。
彼のアパート、15帖位の寝室兼勉強部屋と6帖位の台所兼食堂の1DKでとっても素敵な部屋でした。ダブルベッドで彼等が寝て、自分にはソファベッドを倒して用意してくれました。彼等のいちゃついてるのをみながら 寝ました。(悲)
11月8日 8 Nov
今日は街の中にある小さな博物館、美術館を2つ、城を1つ、教会を2つ3つ案内してくれました。教会の隅では丁度葬式が営まれていたのを見ました。サンドロが昼食はおごれないからセルフサービスのレストランでいいか?というので、もちろんOK。気を使ってくれてるのが判る。
11月9日 9 Nov
今日は海沿いのミラマーレ城に行った。サンドロは何度も来てるのか、外で待ってて、トシユキが ガイドしてくれた。入り口でチケット切る係りの女性がそばにいた男性に、『写真を撮っちゃだめって言った方がいいかしら?』『言わなくても大丈夫だろう』って会話してたのをトシユキが通訳してくれて、感じ悪い!ってムッとしていた。こっちに来て半年のトシユキがそこまでイタリア語を理解してるのに驚き、自分がかつて3年も勉強したイタリア語、あの3年間は一体何だったのだろうかと 思うと非常に寂しいものがあった。やはり、イタリア人と一緒に生活してると上達も早い。僕なんか昔半年ローマで一人暮らししてたけど、あんまりイタリア人と交流なかったしなぁ。
そのミラマーレ城、すごくきれいでオーストリア帝国の領内だったせいか、フランツ・ヨーゼフ2世の城、その妻の悲劇もトシユキが説明してくれた。そばの庭園には日本人の中高年の団体が10人程歩いてたけど、城には入って来ませんでした。トシユキはまだ20代で若いのに博学と言うか物知りで 歴史やオペラからイタリア式の庭園の特徴まで知っていて、僕と話をするのに色々な接点があって感心しました。ただ、カンツォーネのことはあまり知らなかった。
午後はサンドロの友達のロベルトが来て一緒に念願のトラム(路面電車)に乗って、途中で降りてトリエステの街が見晴らせる散歩道を、小雨が降ったり止んだりしている中で1キロか2キロ行って戻って来た。どうする?って聞かれた時、雨が降ってても道の最後まで行ってみたかったけどこっちも風邪ひいてて鼻水が止まらず、道は長いときいて引き返した。
市電がなぜ、念願かというと、子供の頃「世界の電車」という本を見て、そこにきれいな山沿いに走るトリエステの路面電車の写真があって、そこに行って見るのは夢だったんです。それに、5年前にもトリエステに来て探したんだけど、見つけられなかったのでもう感激ものでした。今回の目的のサンドロ・ジャコッベという歌手のCDとキリストの涙というワインのゲット、子供の頃からの夢の市電に乗れたのでもう充分満足でした。
その後は港のそばの歴史的に有名な『カフェ サンマルコ』で4人でお茶しました。体がすっかり 冷えてしまったので、暖かいカプチーノ飲みました。この日逢ったロベルトはサッカーが好きなので ジェノバにいたカズのことを聞いたら、そういえば日本人がいたなぁ。名前は覚えてないけど。と言うんです。カズってそんなものなのかと思いました。
夕方帰って二人に今夜は最後の夜だから自分がごちそうしたいと言いました。何が食べたいかと聞かれ、正直言ってピザやパスタはもうあきた。中華か他のイタリア料理がいいと言った。サンドロはちょっと考えさせてくれと言い、奥に引っ込んでしまった。そんなに考えなくてもいいのに。
あとで、スパゲッティのおいしい店が町外れにあると言うので、混まないうちに早めに彼の車で行きました。着いたらもう9割がた埋まってました。メニューの中でal pestoというのがあって、サンドロに聞いたら良く判らなかったけど説明してくれた。たいしたことないと思って違うのを頼もうとしたら、あれ、al pestoじゃないの?というので、じゃぁそれにすると言いました。だって、ペストなんて名前が良くないもの。
出て来たのはセモリナとチーズと香辛料入りのすごく美味しいスパゲッティでした。トシユキはサーモンのスパゲッティを、サンドロはきのこのを頼んで、少しずつもらったらどれも超美味しかった。トシユキにこの店がガイドブックに載ったら、日本人がいっぱい来ちゃうだろうねと言い、更に日本のガイドブックにトリエステがたった2ページしか載ってないし、雑に書いてあるのでトリエステのこと投稿したらとすすめた。でも、この店だけは秘密にしておいてねと付け加えておきました。風邪がひどくなって、サンドロから薬をもらって寝ました。
11月10日 10 Nov
朝8時2分発のベネツィア行きの列車に乗るため、6時には起きて、荷物を整理してたけど、鞄の中にあるスーパーのポリ袋のガシャガシャいう音で二人に目を覚まさっしゃったみたい。どうしてこう、日本のスーパーの袋ってうるさいの。ヨーロッパのはビニール製なので、音が静か。
サンドロとトシユキに駅まで送ってくれ、ホームでキスして別れた。彼、教師をやってるせいか やたらと知ってる人と逢う。ホームでも、女性と話してた。狭い街なので余計逢うみたい。Mestre で乗り換えてヴェローナへ。トシユキがMestreからミラノに行く時、La Spezia行きになってるから気をつけるようにと聞いておいたので乗る時困らなかった。Mestreに着いたら、日本人が多かったのにはびっくりした。
ヴェローナも日本人観光客が多かった。団体でレストランに入るところを見て、何で大勢で同じレストランに入らなければならないのかと思った。ツアーの良い点は名所の説明を日本語で聴けるだけだ。ホテルもレストランも同一行動ではとても耐えられない。ヴェローナはとてもきれいな街だった。ジュリエットの家も見たし、川沿いのところでぼーっとするのは最高でした。
夕方ミラノに到着。予定してた列車より少し早い各駅停車のに乗ったので、到着も夕方4時半になった。車内はガラガラ。コンパートメントではなく、ちょっと汚い感じがしたが、イタリアらしいデザインが気に入った。それでも車内販売があった。
サンドロに予約してもらったClub Hotelは思ったよりきれいだった。前回泊まったHotel Mennini より全然いい。夜、駅で明日ジェノバに行く切符を買う前にサンドロから教えてもらったゲイ専門の本屋と、ガイドブックに書いてあったセルフサービスのレストランを探した。本屋はすぐ判ったけど、まわりにそれらしい他の店やそれっぽい人が立ってなくてがっかり。レストランはわからなかった。
ホテルに戻り、買った本を置いてからフロントで、そのレストランのあるファビオ通りの場所を聞いたら、ファビオフリッツと言って、どこに行くのか聞かれたので、レストランだと言ったら、チャイニーズレストランでしょ?ここにそのパンフレットがあるから、と言ってそれをくれた。日本人(東洋人)は皆そこに行くものだと思ってるのが可笑しかった。でも中国人にみられたのかな。それから、サンドロから昨日もらった薬と同じのを買ってきました。この薬、すごく良く効いて、次の日は、うそのように治ってました。
11月11日 11 Nov
ジェノバに行きました。駅で荷物を預けて市内に出て信号待ってたら、通りがかった車の中からCiao! そのあと何か言われて手を振ってくれた兄ちゃんがいました。ジェノバでは、コロンブスが生まれた家と大きな教会とか見て来ました。途中の銀行の建物がとってもデコレーションがきれいな建物で思わず写真を撮ってしまいました。
バスで空港まで行って、ゲートで待ってたら乗り込みが始まったら放送で『Mr.パタヤ王子、8番ゲートまでお越し下さい』ってイタリア語で突然言われちゃいました。ありゃりゃ。外国人は自分一人なのかしら。それとも、わからないと思われて放送してくれたのかしら?恥ずかしかったけど、うれしかったです。
ローマに行く機内の中はスッチーじゃなく、全員が男のFAでした。二人とも趣味じゃなかったけど、コーヒーを配ってた時にミルクがなかったのでもらおうとしたら、ラッテ、ラッテと歌いながら 自分の服のポケットを左右探してたのが面白かった。
ローマには夕方到着。ソウル行きの便は夜9時半なので荷物預けて、市内に出ました。自分がかつて住んでたところに行ってみました。駅降りたら、雰囲気が違うので何だか判らなくなって、スタンダというスーパーの場所を教えてもらい、そこでお土産を買ったりして出て、周りを歩いてたら判りました。地下鉄の駅が100mか200m移動してたんです。それで、判らなかったんだ。なるほど。自分が以前住んでた家も人が住んでる明かりがついてました。よく買い物した店なんか、すっかりなくなってました。17年ぶりだもの。
ローマーソウル便は韓国人の団体客ばかりの中に入ってしまい、通路側を希望してたので座ってたら、最初隣に韓国人の若い女の子だったのに、同じツアーのおばさんたちによって席変えられちゃって、隣におばさんが来ました。そのうち、となりのおばさんがまん中の4人掛けの中のおばさんを指差して『Excuse me! 彼女友達だから席変わってくれない?』と言い出す始末。その席が欲しけりゃ最初から通路側希望すればいいじゃないかと思いつつ、自分だって通路側希望してゲットしたのだから『No!』と言っておきました。まぁ、団体だから希望の席とれないんでしょうけどね。だからと言って人を動かすんじゃないの。まぁ、まん中から通路側に変えてくれって言われたら応じるけどね。
それから、後ろの席の韓国人のじじいが自分が日本語の新聞読んでたので日本人って判ったのか、背もたれをバンバン揺らすしとんでもないので、振り向いて文句言おうか、スッチーに言おうか迷ったけど結局我慢しました。もう、韓国人や中国人のそばには乗りたくない。と思ったのは早計かしら。ソウルから成田までの便も満席。隣には、ホームレスみたいな日本人じじいが来て食事の時、日韓便にはメニュー1種類しかないのに、ビーフなんて言って、メニューは一つですなんて言われてた。この人ソウルで何やってきたんだろう?まぁ、臭くなくてよかったけど。こうして、11月12日、無事成田に到着して終わりました。
(PS)ちなみに帰国後飲んでみたキリストの涙というワインは、こぼしたらすぐ蟻が来てしまうようなくらいの超甘い味でした。しかも苦労して捜したのに、翌年のクリスマスにはダイエーでブランドは違うけど同じ名前のが1本1000円で売ってました。
終わり THE END/FINE